毎度有難うございます。
暑いですね。
先週、金曜日、土曜日と臨時休業となりまして申し訳ありませんでした。
日曜日は、暑い中沢山のお客様にご来店いただき誠に有難うございました。
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この、ブログにたびたび書いてました、私がずっとお世話をさせていただいたおばさん。
金曜日に亡くなりました。
御歳95歳
晩年は、地域の方、市の方、施設の方、病院の方、皆様に支えてもらいながら残りの余生を歩ませていただきました。
県外ですので慣れない場所の中、なんとか葬式が出来ました。
私とおばさんは、血縁関係はありません。
説明が難しい。
私の祖父の弟の内縁の妻(おばさん)。
と言った感じです。
この、弟さんとおばさんにはお子さんがいません。
弟さんは35年前に亡くなり、その時生きてた私の父が、おばさんが歳をとったら面倒を見てあげないとなと言っていたらしくそれを聞いていたのでしっかり約束通り最後までお世話出来ました。
枚方へ何回通ったでしょうか。思い返しますと10数年近くはなりますね。
ひとつひとつゆっくりと時が過ぎ、人が老いて行く様を見た10数年でした。
また、色々と勉強になった10数年でした。

一切の悔いはありません。私なりに精一杯できたと思っております。
長年。祖父の弟さんと二人できくやと言う食堂を枚方で営んでおりました。弟さんが亡くなってからはしばらく一人で食堂を切り盛りしてましたが年の限界を感じ最後はクリーニングの受付をしてました。
ど根性のすわった仕事人間でした。
最初は、月に一回。それから回数が増え、月に二回。施設へ入ってからは、週一回。
そして、コロナで立ち入り禁止になり回数も減り、最後は、6月14日に会う事が出来ました。
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元気に喋っていたのに。

ど根性、仕事人間。
不思議と元気をもらってました。
目はほぼ見えない、耳も聞こえにくい。
静かに部屋に入り、手を振ってあげると私の名前を呼ぶ。来たんかと。感覚でわかってくれてました。
人の一生は、儚いもんです。
何のために生きて、何のために仕事をし日々を送るのでしょうか?
考えても答えがない迷宮へ入ってしまいます。
死後の世界は?楽しんですか?
これでようやく、弟さんのところへ行けますね。
あの世で、また再会し仲良くお過ごし下さい。
長い人生。お疲れ様でした。



光明摂取御和讃




1 人のこの世はながくして かわらぬ春とおもいしに 無常の風はへだてなく はかなき夢となりにけり
 
2 あつき涙のまごころを みたまの前にささげつつ ありしあの日のおもいでに おもかげしのぶもかなしけれ
 
3 されど仏のみ光に 摂取されゆく身にあれば おもいわずらうこともなく とこしえかけて安からん
 
南無阿弥陀仏 阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 阿弥陀仏


命というものはまるで散りゆく花びらのようにはかないものです。いつどこで誰がどんな形でこの命を終えて行かねばならないのかは誰もわかりません。この世の無常をわかっているつもりであっても、この世の別れとは言葉にできないほど辛く悲しいものです。その悲しみを 祈りの思いに変えて「どうかお願いします阿弥陀様」と心を込めて南無阿弥陀仏とご一緒にお唱えください。阿弥陀様は お念仏を唱える私たちを必ず極楽浄土へお救いくださいます。また極楽浄土の蓮の上でいつしか再会を喜びあい思い出に花を咲かせることができるのです。 また会えると信じて。
ネットから抜粋
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ほんま、うまそうに食べてくれた。

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昨日定休日の火曜日、おばさんが過ごした施設の部屋の片付けをして終わりました。
ガランとした部屋を前にすると、なんだか空虚な気持ちになりました。
つい先日までは、ここでおばさんと顔をあわせていたのに、今は誰もいない空間が広がっていました

わざわざ、こんな事、ブログに書かなくてもと、お思いの方もおられるかもしれません。
ですが考えてもみてください。
本当の親でも、平然とほったらかしている方がおられる。ましてや施設へ入れたら、安心してほったらかし。病院へ入れたらお見舞いも行かず、ほったらかし。



孝行するなら生きてる内に。
死んでしまってからでは遅いよ。
故人は戻ってはきませんよ。
後から嘆いても悔いが残るよ。


私は小学六年生の時に父親を病気で亡くしました。
その時の私はまだ幼く、入院中の病室に行っても何もわからず、何もする事が出来ませんでした。
そして父親が亡くなった時、自分に出来る事は悔いの無い様に全力でしようと心に誓いました。
それから祖母、祖父と送り出して行きましたが常に全力でお世話させて頂きました。
それは血のつながりの無い枚方のおばさんであっても、決して変わらない事なのです。

そんな想いが少しでも伝わればいいなぁと思って…。
私なりに精一杯、お世話させて頂いてふとたどり着いた境地です。

生き仏、大切に。