2023年01月
新年明けましておめでとうございます。本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
お正月は例年通り陶器店は営業しておりました。
初詣帰りのお客様が多かったですね!
うどん店は、明日、一月六日より通常通り営業致します。
今日、朝からスタッフ総出で仕込み、仕入れ、掃除、完了致しました。
準備万端!

元旦は、いつもとかわりなくお参りからスタート
!さてと、今年はどんな一年になるのでしょうか?精一杯頑張っていきたいと思います。
宜しくお願い申し上げます。


人間は誰もが、自分で生きているのではなく、生かされているのです。
そして、生かされていることに感謝をする時、そこに報恩の気持ちが芽生え、人間は支え合って生きる事ができるのです。
私達が一番感謝すべきことは〝生かされている〟ということです。
そもそも『生きる意味』を考える上で、まず前提となるのが、私たちは、この世に自分の意志で生まれてきたわけではないという事です。
私達の生命は様々なご縁の中、偶然に偶然が重なり、いただいた生命です。
ありがとうという感謝の言葉は、有り難いという存在することが難しい事実を喜んでいく言葉なのです。
生命の誕生だけでなく、親や祖父母をはじめとした色々な方の支えがないと、現在の自分はなかったといえます。
自分が子どもから大人になるまでに、多くの時間や手間、金銭や思いがあった事を思わされます。
しかし、我々人間は、生まれてから時間がたち、段々ともの心がつき始めると「自分の思い通りにしたい」とか「自分さえ良ければいい」といった自我が生まれて来ます。
勿論、自立心や自信を持つ事は大事です。
しかし、自信が慢心へと変わると、出来る出来ないだけで他者を判断するようになり、「あいつは出来ないやつだ」とか、「俺が一番偉い」という思いが湧き出てきます。
また逆に、自信が持てず、卑下心を持つと今度は出来る出来ないで自分と他者を比べるようになり、「自分はなんてだめなやつだ」とか、「自分はだめだ」という感情にさいなまれます。
仏教では慢心も卑下心も、両方とも毒だと考えられています。
自分が今ここに存在していること自体が、既に『生きる意味』なのです。
生命をいただいた喜びや、今を生きている事へ感謝しながら、恩返し、恩送りの人生を送ることで、人生が豊かなものに感じられていくでしょう。
はい、有難うございます。真摯に受け止めます。
皆様に感謝、日々に感謝、先祖様に感謝、神様に感謝。全てに感謝。
本年も、コタニ陶器、亀楽屋、鶴亀製陶所を宜しくお願い申し上げます。
あっ。結びに
今年のおせちの写真を、、、!
こんな感じ!


↓好きな歌
風にたなびくあの旗に 古(いにしえ)よりはためく旗に
意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに
胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊
さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に
どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの燃ゆる御霊は 挫けなどしない
胸に優しき母の声 背中に強き父の教え
受け継がれし歴史を手に 恐れるものがあるだろうか
ひと時とて忘れやしない 帰るべきあなたのことを
たとえこの身が滅ぶとて 幾々千代に さぁ咲き誇れ
さぁいざゆかん 守るべきものが 今はある
どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの沸(たぎ)る決意は 揺らぎなどしない
どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの燃ゆる御霊は 挫(くじ)けなどしない
僕らの沸(たぎ)る決意は 揺らぎなどしない













